神秘の扉~光の時代へ

直感と閃きで出てきたもの(気まぐれともいいます笑)を書いています。 何が出るのか?お楽しみ~☆ よって不定期更新です。 
Posted by そら

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Posted by そら   4 comments

癒せるのはあなた自身です

 
 長らくの苦しい旅の後には 「安らぎ」 がありました。あれやこれやいろいろしました。いろいろな人にお世話になりました。


しかし、最後は、自分が自分の足で立ち、自分を助けました。悪い人など誰もいません。自分と違う人がいるだけです。みんな、自分を一生懸命生きています。あなたがそうであるように、、、、


どうか、多くの人が傷ついてこられたことから、癒され、本当の幸せに向かい、輝きを取り戻されますように。







たまに考えることがあります。
“振り幅” というか…それは、底に近いときは考えられなかったことでも、少し上昇気流に乗りつつある今は実感しています。
マイナスに振れた分だけ必ずプラスにも振り返すんじゃないかなぁって。
ガチガチに固まったところにほんの少しスペースを空ける。
いらないものを捨てるように。
                           
                       (ななさん)





私も、まったく、そらさんと同じ理解をしております。私も、前半戦は非常にツラくって、それはもう、アガキ、アガキの連続でした。今は、怖いもの、ホントにないです。(オバサンだから?というのもありそうですが…。)結論から言うと、あのものすご~くツラい体験があったればこそ…だと思っています。

ほんとですよねぇ…。プラスだけだったり、マイナスだけだったり、ってありえないですよね。自分の経験からも断言できます!!私も辛い経験を通じて、コツがわかりました。わかってみれば、実に単純なんですが…。

一つだけ、やってはいけないことがあります。他人や環境のせいにしないこと。もし、それをすると、負のパターンから抜け出せません。
酷なようですが、自分に起きてくることは、自分で引き受けるしかない、どんなに大変でも他人が代わってあげることができないのです。

底まで行ったら、あとは上がるしかないですよ!!今の私が断言できることがあるとすれは、“すべては善きに計らわれている”ということです。

                        (kaorinさん)





私の両親も親の愛情を知らないで育ったようです。
私はいつも駄目だしされ、自分の判断というか
存在自体に自信が持てないまま大人になりました。
今思えば、親は私が世間的に駄目な人間だと判断されると
自分たちも世間から駄目な人間だと思われるんじゃないかと恐れていたのだと思います。
自分に自信がないから、私を正しく育てたかった。
無条件に愛された経験がないと自信がもてにくいのだと思います。

私は何がしたいのかではなく、何をするべきなのか。
何が正しい生き方なのか。やり方なのかと考え生きてきた期間が長くありました。
子供を産みましたが子育ても上手くいきませんでした。
というか上手くやる必要があったのか。
何をもって上手くと求めていたのか。と今は思います。
(現在は自然に子育てしています)

私は私でいいと気付いたのは最近です。
ある事をきっかけで気付けました。

それまでは辛かった。
カウンセリング、精神科、いのちの電話
利用させていただいていました(笑)

こんな風に思える日がくるなんて想像もしなかったあの日々。
今までは何か悪い考えを思いつくと自分の醜さに恐れおののき、その考えを追いやっていました。
しかし自分の悪い考えというのを認められるようになると
他の人に多少ひっかかる事があっても
それがその人の全てではないのだ。
それもその人の一部なんだと認める、というか
あるがままを眺められるようになりました。
潔癖でなくなったのいうのでしょうか。

悪い人なんか存在しないとひそかに思っています。
話せば分かる。理解できなくても認める事はできる。
と思うようになりました。

話がそれてしまいました・・。

自分の責任でもって歩き始めました。
そうしたら見えてくる事がいーーーぱい!
幸せです。

                        (うがさん)






自分におこることは、必然性を持ち、それがやってきています。それを自分のこととし、そこから、何?かを気づいていったとき、新しい現実がやってくることになります。



楽しい、幸せ、嬉しい、人は、「そういう思い」で、まず、発信しているのです。ですから受信するものは「そういう現実」です。


今、どんなに苦しくとも、そのメカニズムを知ってください。


(例)子供が学校に行かない、自分も辛いでは、現状は変わりません。


子供が学校へ行かないという現実を「無条件」に受け入れるためのあなたの学びです。


学校にいかない子供(でも)愛してますよ(許しますよ)という。


今、ここで、生身のお子さんを受け入れてあげてください。そうすることは、なにより、母である、父である、あなたを丸ごと(なにもかにもとっぱらって)愛するということにもなります。



受け入れがたい現状からは、無条件にあるがまま受取るということの学びがあります。












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Comment

うが says... "またまたこんばんは。"
うがです。昨夜コメントさせていただきました。
(例)に学校へいかない子供について書かれていたので
出てきてしまいました。
私は元不登校児なんです。
そらさんが(例)に出された事に対し
勝手に不思議な気持ちを抱いています。

私は学校へいかない事により怒鳴られなじられ投げ飛ばされていました。
とても嫌でした。
が、いざ自分の子供が学校へ行きたくないと言ったとき
心臓が飛び上がりました。
このままドロップアウトしたらどうしよう
と心配になりました。
でもドロップアウトってなんでしょうね。
ここに元不登校児元引きこもり(今も少し)
が幸せに暮らしているというのに。
何を心配しそうになったのか。
今の子供の気持ちを見失っては駄目ですね。


受け入れるって大切だと思います。
遠く離れて暮らす事になっても心は寄り添いたいと
思っています。


昨夜自由にコメントして下さいと書いて下さったおかげで思いきって書きました。
今も。
ありがとうございました。
時々ブログを覗かさせて下さい。
2010.02.02 23:55 | URL | #gmjbRUqc [edit]
(うがさんへ) says... "不登校児から学んだ母です"
 今、ハタチの子が、小3の時、突然不登校になりました。

今から十二、三年前?のことです。その頃は登校拒否という名前でしたかね?
はじめは、いろいろなことをし、そして、いろいろな機関に相談したり、とにかく行かせようとしていました、、、、、が、、ある時を境に、「もういいや、行かなくても、、」と、なぜか?本気で、そう思ったのです。そして、隠れてすごしていたような生活をやめ、以前のように普通に私の友達なども、お茶飲みに今までと同じように来てもらうようになった時、今度は突然、子供の方から、「行ってみる」といいだし、今日は、外に出るだけ、次の日は、曲がり角まで、そして、保健室登校から、始まりました。

これはまさに、私の学びだったと、後になり分かりました。それ以来、沢山の不登校、会社に行けない人、社会に出れない人の母のお話を聞かせてもらいました。

そこにはやはり、その方も無条件に愛された経験(体験)がないので、同じことをしてしまうような構造になっていることがわかり、とにかく、「今の受け入れ難い状況をそのまま受け入れることで、自分自身も癒されることになるからと」働きかけましたが、そう、簡単なことではないようです。やはり、とことんどん底をみて、しょうがないところまで、こないと、いろいろな人に依存したり、その子が不憫だということで、いろいろ助けてしまうようです。

うがさんの勇気をもって書いてくださったことはきっと、そういう人の学びになると思います。

ありがとうございました。

なんでも、自由に書いてください。

幸せになるには、まず、そういう自分の内をクリアーにすることが必要になってきますので、とても参考になります。また、そういう人は世の中に沢山いらっしゃいます。

私は、子供は「可愛い子には旅をさせろ」「若いときの苦労は買ってでもせよ」このように、辛さや苦しさを若いうちに味わい、自分で解決する力をつけさせる環境を与えてやるのが、親の務めで、結局、自分の足で立っていくようにしてあげるのが、親としても苦渋の選択で見守りだと思います。

思考は、時空を越え、お子さんの心にきっと届きますので、温かく見守ってあげてください。

それを感じることだけで、生きてゆけたかもしれない、私達のだからこそ、一番よくわかります。
2010.02.03 01:19 | URL | #- [edit]
kaorin says... ""
↑まったく同感です。

うちの娘も、短期間ではありましたが、不登校→復帰→脱走→保健室登校といったルートをたどりました。(笑)そのかわり、娘が行かない分だけ、親は毎日、放課後登校しましたが…。(笑)私の場合は、若いときアガいたせいか、もちろん心配はしたものの、あまり悩みませんでした。小6の三学期だったので、タイミングもよかったのかもしれません。

その間、小6の担任の先生は、もちろん、学年主任の先生が兄ちゃん(娘は2番目)の担任だったこともあり…、いじめが原因でしたが、やっぱり同じ子のいじめが原因で来ていたお母さんと3人で“いじめてる子の家庭環境も同じくらい心配。彼女も被害者。なんとかしなくっちゃね…。”みたいなこともあり…、中学校長も“お兄ちゃん、ついこの間卒業したばっかりではないですか…。もっと気軽に相談してくださればよかったのに…。”(←教育委員会経由だったので…。)といったこともあり…。そういった状況でないとなかなか見えてこない、人の善意や温かさを身をもって知ることにもなりました。ありがたい…。

私も、学歴をつけるより、“若いうちの苦労は、買ってでもしろ”派です。
2010.02.03 07:26 | URL | #9Y3DsLjc [edit]
(kaorinさんへ) says... "心強いです"
 大変貴重な経験談をいただき、ありがとうございます。

子供では、他ほかで、まだまだいろいろ学びがありました。一度、(自分で責任を持ち、人のせいにしないで、クリア)したら、あとは、お試しのように、プチ○○のように、やってきたことは、解決の感触をつかんでいるので、なんとか、なりますね。
早いうちに、、。

そして、子供だけではなく、自分や家族、いろいろはありますが、そういう心持でいきてゆけるようになれば、対処方法もずいぶんと楽になりました。そして、こういうことを苦しんだ分、やはり、目に見えない部分での生きていく上での大事なことを知ることになり、その法則のようなことにとても興味を持ち、さらに、神秘のような部分を知り、実際に使ってみて、それが、どれだけ大切で、無限の可能性を秘めているのか、知ることになりました。

地位、名誉、お金、なども、結果ついてくるものという感じで生きていますので、本当にそれを理解し、そう生きると、不思議と、豊かになってゆきます。

私は、そういう、たぶん、かつての地球はそういう風にみんながお互いを尊重し、平和に暮らしていたことを、はじめは情報としてですが、だんだん、魂的にも思い出してきたようにおもいます。
2010.02.03 08:07 | URL | #- [edit]

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