神秘の扉~光の時代へ

直感と閃きで出てきたもの(気まぐれともいいます笑)を書いています。 何が出るのか?お楽しみ~☆ よって不定期更新です。 
Posted by そら

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Posted by そら   6 comments

転換期

 また、新しい転換期、旧暦の新年です。

私は過去、この二月一日に運命の扉があいたので、毎年、この日がくると、何か?新しくなる感じがあります。ここで、ブログを見ていただいている人に、私のこういうライフスタイルになったいきさつについて、お知らせをしておいたほうが、良いと感じ、こういうことを考えることになった経緯について、簡単に、説明させてもらいます。


私は、田舎の曹洞宗のお寺で生まれ、共働きの両親の元、一人っ子で育ち、、昼間はお寺の祖父母のもとで育ちました。


いろいろあり、両親の不仲の中、とても神経を使い、今から思えば、病気ばかりする神経質な性格の子供でした。


その中で、祖父母には可愛がられ、両親からは過保護にしてくれるなと、厳しくされ、子供の時から、人の顔色をうかがいながら、大人の中で育ちました。


そして、いろいろな恋愛もしましたが、結局、勤め先で、偶然、声をかけられた人の勧めで、私にしては似合わない(笑)お見合いをすることになり、その時(初めて会ったとき)の感覚が、特別心が動くという感じではないのですが、理屈を超えた何か?を感じ、現在に至っています。


ですから、その時までまったく知らなかった夫と、その当時、鳥取~東京にお互い住んでいましたから、会うのも五回くらいで、結婚しました。


そして、辛い子供時代に幕を閉じ、新しい運命が始まってゆきます。


そして、第二の波は、はじめの子の子育てでした。まず、子供を育てるということの違和感を感じ始め、まして、はじめの子がとても育てにくい(表現が悪いのですが、、)子で、その頃、夫は、いわゆる企業戦士で、今のように父親が育児に参加という時代ではなかったので、まして、私の子供時代のトラウマからくる子育ての違和感等が夫にはわかるわけがないと、思い込み、そして、毎日クタクタになって帰ってくる夫には愚痴など言える時間、余裕もありませんでした。

一人で抱え込み、いろいろな期間にお世話にもなりました。

今から思うと、私の父は、思春期に母を亡くし、そのことがあとあとも尾を引いていて、心の傷をもったまま大人になったあたりから、それが私に連鎖してという形になり、今はいろいろわかり、しょうがない連鎖の運命だったのだと理解でき、私が今ここで癒されることで、亡き父も時空を超え、癒されることになったような気がします。


その癒しの過程では、それはいろいろありました。


自分を見つめるために、カウンセリングに通い、心身の面では神経内科通い、いのちの電話、または、忘れもしない、丸ごと私の苦悩を受け止めてくれた、パブテスト教会の牧師さん、、、、、様々なひとにお世話になりました。


そこで、今振り返ってみると、子供時代に「無条件に愛されること」の大切さをつくづく感じますし、また、そうされてない人が、連鎖的に、自分が子供を育てていく段階や、社会と関わる段階で、同じ苦悩を味わうようです。


そして、それは子供時代に、「思い込んで」染み付かしてしまっているトラウマとなり、後々の人生で影を落とすことになるようです。


全ての人ということではないですが、、、、多くの事例から。


今は、その全貌がこうしてわかってみると、その時、その時に、人は(私の場合父ですが)100パーセント懸命に生きているのだということが分かりました。


結局、私は、生前の父との間に、許せぬ思いを残したまま、この世でのお別れをしました。


、、、、、、、、、、、いろいろなことがあり、自分を見つめる旅に出たのが、きっかけとなり、今の私がいます。旅の途中では、小さな波、大きな波、奈落の底、象徴的な死も経験し、生まれ変わる作業をしての、現在の私です。


集中的に大変だったのは30代です。私は、短期集中型?なので、その時は人生で一番悩みました。
その反転現象が、目覚めかもと?思います。


例の私の無二の親友も、最後は自分探しに数年間を費やし、莫大なお金をカウンセリング代に使ったと思います。


そこで、本当は、こういうことを私はいいたくなかったのですが、苦楽が対のものであるということの真実を、今悩んでいらっしゃる方にお伝えするのは酷なことだと思い。


しかし、自分の人生に自分が自ら参画し、責任を持ち、自分が切り開いていく姿勢をもっているのなら、必ずや道は開けてゆくこと、そして、やはり、それは、避けては通れないことだということをお分かりいただきたいのです。


先日、コメントしていただいた、「蓮」さんがブログに有難いということは難が有ると書いていらっしゃり、ピンチはチャンスというように、、、、、やはり、蓮さんの過去記事からも、苦しい時代を超えられての、今の安らぎだと書いていらっしゃいます。


それからというものも、やはり、その先もさらなる場所にいけるのは、自分の無意識にある、闇の部分を直視しないといけないというものです。


が、コツがつかめてくるし、自分で自分の人生を創ってゆくというスタンスがとれだしたら、バランスが崩れる前に、分かるようになり、苦しみもあまり経験することはなくなります。


そして、苦も、今のあなたが何とかなる分しか、こないように法則はなっています。そして、苦にたいして、真摯になれば、宇宙は元々、愛に満ちていますから、必ず答えてくれます。それだけの有難いが反転されるのです。


人は変える事が出来ません。なぜなら、その人も100パーセント自分の価値の中で生きているのです。あなたが、そうであるのと同じように、今仮にどうにかしたい人がいたとしても、、、、、、あなたからの働きかけでどうにかすることは可能です。


宇宙に、良い悪いということはないのです。全てが中立(ニュートラル)です。


人生は、思っているほど、長くはなく、瞬く間に過ぎてゆくものです。与えられた時間と空間をどうか、自分のために大切に、無理や我慢をしている状態ならば、観て、変えてゆくのは、自分自身の内です。無理は理がないこと、我慢は我の慢心、頑固に思い続けている正しいということです。


真にそれが理解でき、あなたの中で、今までとは違う感覚で観て、考えられたならば、奇跡と思われる現象も不思議ではなくおこってくるでしょう。


世の中の基準(正誤)などは、時代や場所により変化します。正しく生きることよりも、あなたが、楽しく生きること方が、普遍的真理に近いことです。


詳細を語りだしたら、キリがないので、これくらいにしますが、長くなりましたね


、、、、なので、私のこの軽さは、重さを知った分の反転です。


ライトワーカーのほとんどの方が、こういうことだと思います。ライト(光という意味と軽いという意味があるようです)周波数が上がれば光に近づくとも言いますし、、、、、


今後とも、重く~~~~~~軽く   深く~~~~~~浅く  いろいろいきますが、よろしくお願いします。



記事にたいするコメントでなくてもかまいません。自由大好きですから、お好きに活用してください。


(読み返しなしですから、いつもですが(笑)乱文、お許し下さい。)


後で読んで見て、こりゃ~まずい、と、訂正派です(笑)ので。






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Comment

なな says... "またまた"
おじゃましま〜す。

2月1日に扉が開いたんですね。
今日も楽しい一日でしたか?

今日、たくさん書類に日付を書いてて、明日って2ばっかりが並ぶ〜って。
さらに、22日はもひとつ続くんやぁ〜って。

何か、自分にとっての思い入れのある “1日” ってのがあるっていいですね。
私は…う〜ん、まだ特にないです。

そらさんの文章から感じる “優しさ” “懐の大きさ” “愛” っていうのは、やっぱりたくさんの想いを経てきたからこそなんですね。

難しくなりそうなお話を軽く笑いのエッセンスを振りかけて、ストンとみんなの中に落とし込んでいく。
そうして、たくさんの人が繋がっていく。

たまに考えることがあります。
“振り幅” というか…それは、底に近いときは考えられなかったことでも、少し上昇気流に乗りつつある今は実感しています。
マイナスに振れた分だけ必ずプラスにも振り返すんじゃないかなぁって。
ガチガチに固まったところにほんの少しスペースを空ける。
いらないものを捨てるように。

だからと言って、とてつもなく素晴らしい未来が見えているわけでは決してないんですけどね。

でも、1日は1日でしかないんですよね。
平凡でもスペシャルでも。
ただ、それだけ。

今日もいいお話をありがとうございました。
さあ、レッスンしてきま〜す ヽ(^o^)丿
2010.02.01 16:32 | URL | #- [edit]
(ななさんへ) says... "ありがとうございます"
 おじゃまだなんて、とんでもないです。

扉、開けっ放しですので、いつでも、どこでも、どうぞ、どうぞ(笑)

ふり幅は、私もそうだと思います。ななさんのおっしゃるとうりだと思います。最近、この事↑を書いておかないとと、思ってて、一度はと思い、今日にしました。
^^;
人生の底だと思う時は、大変にフォーカスしてしまっているので、そういうことはなかなか考えられませんが、少しでも、頑張って、空白を作ってみると、自分がどれだけ執着していたのか(自分だけが正しいと)わかり、脱力と共に、楽の幅が増えてくる、これの繰り返しです(でした。)

、、、、、、、そして、今は、昔の次元感と違い、スペシャル期間です。ななさんは、すでに、参画できる態勢とおもいますから、、、とてつもなく素晴らしい未来は、「見える」と信じてください。

まず、はじめに、「思い」ですね。、、、そして、そのままの現実がくるならば、

自尊心をもって、素晴らしい創造のゲームに参画する用意をしてみてください。
みなさん、飛翔され始めているところもあり、乗り遅れないように〜〜〜〜。

世界は、その人の思いのバージョンで好きに創ってゆける時代に突入しています。心をクリアにして、しばし、本当かどうか?お試し期間を過ごしてみてください。

天国〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜地獄、すきな位置を選べるようです。

関わる人々、出逢うもの、こと、自分の波動の結果です。もし、気に入らなければ、やり直し、いつでもオッケーです。波動は固定されるものではないですから、、、、

自由意志を使い、とてつもない素晴らしく光輝く毎日に、お互いしてゆきましょう!!


いってらっしゃ〜〜〜〜いv-221




2010.02.01 18:10 | URL | #- [edit]
kaorin says... "はじめまして…かな?"
はじめまして。コメントさせてくださ〜い!!

私も、まったく、そらさんと同じ理解をしております。私も、前半戦は非常にツラくって、それはもう、アガキ、アガキの連続でした。今は、怖いもの、ホントにないです。(オバサンだから?というのもありそうですが…。)結論から言うと、あのものすご〜くツラい体験があったればこそ…だと思っています。

ほんとですよねぇ…。プラスだけだったり、マイナスだけだったり、ってありえないですよね。自分の経験からも断言できます!!私も辛い経験を通じて、コツがわかりました。わかってみれば、実に単純なんですが…。

一つだけ、やってはいけないことがあります。他人や環境のせいにしないこと。もし、それをすると、負のパターンから抜け出せません。
酷なようですが、自分に起きてくることは、自分で引き受けるしかない、どんなに大変でも他人が代わってあげることができないのです。

底まで行ったら、あとは上がるしかないですよ!!今の私が断言できることがあるとすれは、“すべては善きに計らわれている”ということです。
2010.02.01 21:27 | URL | #9Y3DsLjc [edit]
(kaorinさんへ) says... "はじめまして"
 kaorinさん、そうですね。

なんでも相対になっていること、これが三次元という世界の秘密です。

今、悩んでいらっしゃる方は、凄くいいチャンスです。私が言うだけではなく、kaorinさんのいわれるように、たとえ、それが、どんなに理不尽なことであれ、

>他人や環境のせいにしないこと。もし、それをすると、負のパターンから抜け出せません。酷なようですが、自分に起きてくることは、自分で引き受けるしかない、どんなに大変でも他人が代わってあげることができないのです

これを肝に銘じて、(自分のために)自分を観て、今の思いと同じ思い(マイナス)
を持たないように、自分を救えるのは、自分だけです。

kaorinさん、ありがとうございます。

さらに、高い位置からみたら、何事も起こるべきしておこっているので、逆らわずにという心境を得てゆくこと、これが極意だと、分かってきますね。

ピンチをチャンスに、そして、人生は自分で創ってゆく、ここへ繋いでゆけますように、、、、、、
2010.02.01 22:20 | URL | #- [edit]
うが says... "こんばんは!"
こんばんは。深夜にはじめまして。

私の両親も親の愛情を知らないで育ったようです。
私はいつも駄目だしされ、自分の判断というか
存在自体に自信が持てないまま大人になりました。
今思えば、親は私が世間的に駄目な人間だと判断されると
自分たちも世間から駄目な人間だと思われるんじゃないかと恐れていたのだと思います。
自分に自信がないから、私を正しく育てたかった。
無条件に愛された経験がないと自信がもてにくいのだと思います。

私は何がしたいのかではなく、何をするべきなのか。
何が正しい生き方なのか。やり方なのかと考え生きてきた期間が長くありました。
子供を産みましたが子育ても上手くいきませんでした。
というか上手くやる必要があったのか。
何をもって上手くと求めていたのか。と今は思います。
(現在は自然に子育てしています)

私は私でいいと気付いたのは最近です。
ある事をきっかけで気付けました。

それまでは辛かった。
カウンセリング、精神科、いのちの電話
利用させていただいていました(笑)

こんな風に思える日がくるなんて想像もしなかったあの日々。
今までは何か悪い考えを思いつくと自分の醜さに恐れおののき、その考えを追いやっていました。
しかし自分の悪い考えというのを認められるようになると
他の人に多少ひっかかる事があっても
それがその人の全てではないのだ。
それもその人の一部なんだと認める、というか
あるがままを眺められるようになりました。
潔癖でなくなったのいうのでしょうか。

悪い人なんか存在しないとひそかに思っています。
話せば分かる。理解できなくても認める事はできる。
と思うようになりました。

話がそれてしまいました・・。

自分の責任でもって歩き始めました。
そうしたら見えてくる事がいーーーぱい!
幸せです。



2010.02.02 02:38 | URL | #gmjbRUqc [edit]
(うがさんへ) says... "素晴らしい気づき"
 うがさん、はじめまして。

 体験談、ありがとうございました。感謝します。

私も、30代は、なぜ?なぜ?と、もがき苦しみ、親のせい、自分のせいに長い間していましたが、いろいろな人に助けていただく中、あれも、それも、子供といえども、「思い込み」ということもわかり、ならば、ここから、自分で立ってゆかないと、、と、生まれ変わり、そして、今度はそういう方々に、自立ということのお手伝いをさせていただいていました。

大人になっても自立できてないと、今度は子供にその自分の姿を重ねますので、さらに悲劇を生むことになりますね。

そして、自分が正しいということで世の中を見はじめると、悪い人がたくさん、その人の前に現れ始めます。

今から思うと、あの頃の苦しみは、そういう連鎖してきた二代?もっと、、?の解消のための貴重な時間だったと思います。

こういう世の中ですから、多くのそういう方達、家族が存在し、本当の幸せを体験できないでいる人達がいます。

そして、つくづくおもいます。

人生はトントン、苦しんだ分は本当に自分が自分のことと、思い、解決しようと思ったら、その先の人生は、本当の平安を得て、さらに、この世界の真実までわかり、人生って、なんて、素晴らしい!!という、ギフトが用意されているような気がします。

みなさんの気づきの体験を一人でも多くの方が参考にされ、本当の幸せ(自分で望む人生を創ってゆける位置に)たどりつけますように、、、、、、







2010.02.02 08:28 | URL | #- [edit]

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